常しえの愛

常しえの愛

ヤィデルとミュカ



 迷子のように途方に暮れた顔で壁にもたれかかる夫に、ミュカは勤めて平静を装って駆け寄った。
 こうなる事は解っていて、妾を支配し手を出させなかった。妾を守るつもりだったのか、ただの気まぐれか…ひっぱたいてでも聞いてやろうと思っていたから。

――私は、どこで間違ったんだ…?

 妾の姿を見てそう呟く――いつものように声が頭の中に響くが、それが弱々しく聞こえた――と、ひどく苦しそうに眉根にしわを寄せて微笑み、血まみれの手を伸ばして頭を撫でてきた。
 その姿に少し驚き、咄嗟に、何も間違っていないと答えてしまった。
「…少し休め。」
 みるみる青ざめていく肌の色、浅く早くなる呼吸がヤィデルの状態をありありと示していた。
 しょうもない男だ、酷い男だと口では言いながら、死の淵に追いやられた姿を目の当たりにすると、殊更に失いたくないほど愛しい存在になっていたことを思い知る。
「そなたはつくづく酷い男よのぅ。最後は妾を置いて逝くつもりか…?」
 唇が、少し動く。
 とうに失った声をひり出す様に、何かを伝えようとする。それが「すまない」と謝っているように感じて焦りのようなものが沸いてくる。
「そのような言葉、そなたには似合わぬ。」
 もう少し可愛いげのある女なら…何度かそう思ったことはあったが、今は特にそう感じてしまう。
 虚ろに開かれた瞼が少しずつ落ちはじめた頃、一言寒いと訴える彼の額に口づけ頬を撫でながら赤い血が溢れる口に自らのそれを押し付けた。まるで赤い口紅を塗ったような艶を纏う唇が、それまで気丈な言葉を振るっていた口が嗚咽混じりの声で言う。
「……そなたさえ望むなら、」
 うまく言葉にできなかった想いを吐露するように、愛しい男の足を貫いていた剣を引き抜いて囁いた。
「永遠に、そなたの傍に…」
――そんな永遠、いらない…
 どこにそんな力が残っていたのか、剣の切っ先が喉に触れるかどうかという所で剣を掴まれ奪われてしまった。
 呆気に取られていると彼の手から急に力が抜け、そのまま腕が床に叩き付けられた音でミュカは我に返った。
「ヤィデル?ヤィデル!?妾を置いて逝くなと言うておろう!!」
 すぐに手を取り上げて強く握り、何度も呼び掛けるが反応は無かった。眉根に寄ったシワは薄らぎ、苦痛に歪んだ表情はそれら全てから解放されたように弛緩し安らいでいるようにすら見えた。
「………………もう、痛くはないか…?」
 やがて彼の名を叫ぶのを諦め、流れて滴る涙もそのままで愛おしげに彼の頬を数度撫でて、胸の中心に突き立った剣の柄に手をかけた。思ったよりすんなり抜けた剣を地べたに置き、まだ温もりの残る血をドレスの裾で拭って魔力で傷を塞いだ。
 体を貫いていた剣の大半は魔力でできているのか体から引き抜いた瞬間に弾けて霧散したが、一番最初に抜いた胸の剣は真剣であった事から相手の強い憎しみが手に取るように理解できた。
 漸く全ての傷を塞ぎ終えると、最後に顔を拭った。既に乾き始めた血糊を優しく剥がしながら、心底愛おしそうに目や唇に触れ最後に顔の右半分を覆う傷をそっと撫でた。
「…まるで眠り姫じゃ……」
 キスをしたら目を覚ますような気がして、もう一度口づけをしてみるがやはり目を覚ます事はなかった。
 生きているうちにもっともっとこうしていれば良かった、などという想いが今更沸いてくると同時に止まりかけていた涙がまた溢れてくる。
 しゃくり上げながらもう何も言わない彼の亡骸を抱き上げると、思うより軽くて驚いてしまった。
 そのままではやがて朽ちてしまう肉体を連れて、急いで故郷の水界――世界樹が根を浸す清らかな水の世界――へ戻る。
 本来なら穢れを嫌う清らかな水を湛えたその場所は、唯一王族のみが入ることを許される斎場(いつきのにわ)。
 竜王が祈るための場所に次ぐ聖域で何人も侵すことができないその清らなる水にヤィデルの肉体を沈め、彼の力の証である睡蓮を浮かべて水棺を作った。
「…これでそなたは永遠に妾のものじゃ。これで良かったのじゃろう?」
 あのまま後を追うことを許さなかったのは、そういう意味だったのだろうと解釈して濔崋は立ち上がった。
「今から忙しくなる。落ち着いたら、また来るからのう…」
 血に汚れたドレスをその場で脱ぎ捨て、水棺に眠る夫の頬をすっと撫でて斎場を後にした。

 それからすぐに、長らく空いていた水界の王座に新しい王がついた。
 僅かに齢10の幼い王は、純血のナーガではなく魔族の血を引いていたという。



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まあ、はい(´ω`)
モバゲーではキツいネタがダメなので必然的にNLに走らざるを得ず…それならばとずっと温めていたこの二人のネタを放出したら、書いた本人が一番楽しくなってしまったオチでありますww
ヤィデル×ミュカは続くのですね。むしろここから始まるラブラブ話です(´∇`*)
こっちには書いてないのですが、二人の間には息子が二人いてどっちもできた息子。
長男はほんのりヤィデル似、次男がヤィデル激似。
あらすてき!(おい
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