++ Extra + 鞠耶 ++

++ Extra + 鞠耶 ++

ここに、余命幾許もない少女がいる。
半月程前に【鞠耶(まりや)】と名付けたドール。
彼女は度重なる無理な妊娠と出産で骨格が変形し、自分の意思で寝返りを打つこともできない要介護の状態だった。

「鞠耶…君は10年間、よく頑張ったよ…。」

君と私が出会ったのは、10年前…君は未だ試験管の中だったね?
徐々に大きくなる君にたくさんの夢を抱いたよ。このプロジェクトが、君をこんな体にするなんて…当時は知らなかった。私はただ、言われた通りに君をこの世に生み出しただけ…。ただの責任逃れ、そう思ってもおかしくないよね?君は、私たちを信じ続けてこんな体になったんだ…最後くらい、幸せに暮す権利はあるよ。ごめんね、本当にごめんね…。


「鞠耶、今日は散歩に行ってみようか?今はね、ちょうど日差しも柔らかくてきっと気に入るよ…。」

柔らかく笑う君は、まるで春の日差しのよう。声も心も壊れてしまったのに、笑うことだけは忘れていない…それは君の命に焼き付けられた【命令】だから。



お乳が張って苦しそう。
なのに、君の可愛い坊やは私たちのモルモット。初めて鞠耶が産んだ子供は【零】…。
体も少し弱かったために、薬物モルモットとしても成績の悪かった子だった。赤ん坊に、張り詰めた乳房のミルクを一滴もやることができずに泣き叫んだ。その度に【駄作】と呼ばれて、私は悲しかった。
次の子供は【CHORD:05】…女の子だった。君に似て、長く美しい黒髪で…虐待実験の方に回されて腕と耳を無くしていた。その次は
【CHORD:08】…零よりもずっと体が強かった。ただ、薬物を投与しすぎて神経系統がダメになってしまった…。
それからもたくさんの子供を産んだね…。まるで苗床のように、人工受精卵を体に植えつけられて…。ひどい難産の時もあった。君が年齢を重ねる度に君の体はどんどんとダメになっていった。死んでしまうんじゃないか…そう考えた瞬間、どうしようもない苦しい何かが、それを必死に阻止しようとした。


ここにきてから、君は泣かなくなった。
笑えば可愛いその顔も、研究所では殆ど見れなかったけれど、今は毎日笑っている…偽りの笑顔だとしても…。苦しいこと、もう無いからちゃんと笑ってるって、幸せだって信じたいのは、私の身勝手だよね。
まるで恋人みたいに感じてる。大切な大切な、愛しい愛しい存在だと。抱き壊してしまいたいと、初めて思った。今までまったく異性に興味が無かったのに、これじゃ私は変態か何かのようだ。
そう、娘のような存在の君にここまで執着してる。変態以外なんて表現するやら…。
そう自分に言い聞かせているのに止らない…君に酷いことをしそうで怖くて怖くて…。これがリビドーと言う奴らしい。


小鳥が鳴いてる。日差しは柔らかいし、温かい。鞠耶、気にいった?

「鞠耶、どうかな?ここ、凄く気持ちいでしょう?」

にっこり微笑んで、まるで天使のよう…。
意味、分かって無いの知ってる。君はその能力さえ持ち合わせて無いもの。けど、太陽の光を浴びるのは体にも良いから、きっと気持ちいいって思ってるんだと信じたいな。
木陰で、膝の上に鞠耶の小さな体を抱きこんで。その小さな唇に口付ける。きっと恋人同士のそれには到底及ばない程、稚拙で物足りないキス。もっともっと。もっと、君とこうしていたいけど、鞠耶は怖いと思うかもしれない…そういうの、嫌だから…。

なんでこんなに苦しいのだろうか…。

「鞠耶…鞠耶ぁ…」

背中に回した腕で私を抱き締めてくれる鞠耶の腕は、母親のそれだった。ああ、鞠耶は奪い尽くされても【母性】だけは失わなかったんだね…。君に母親としての喜びを味あわせてあげたいと思った瞬間だった。


リミットはあと3年。


君と肌を重ねたのはいつだっただろうね?
結局、今までの関係ではいられなくなってしまったんだよ…私はつくづく弱いね。自嘲しても遅い。けれど、君は笑顔で私を…こんな惨めな私を受け入れてくれた。
君も初めてだものね?
私だけでなくてよかった…そう思ってしまうなんてどうかしている。一晩中、どうしたらいいのか分からないまま、戸惑いながら重ねた肌の温かさ。一生忘れられないね…。


もうダメ。


私との間に生まれたこの子は人間でもドールでもない。
耳はドール特有の動物のような耳で、でも尻尾は持ってない。酷く中途半端だけれど、髪の色は鞠耶そっくりの漆黒で、つやつやと美しい髪色。私にはあまり似ていないけれど…不思議なことに同じところにほくろがある。唇の左下…女の子だからとてもセクシーに見える位置だと言う。それから目の色。目の色は私と同じ白に近い水色。不思議だね…これが子を成すと言うこと。遺伝子上でしか見てこなかった営みを、目の当たりにして…ただただ、感動するしかなかった。
こんなに好き。こんなに愛してる。
なのに君は、私と【舞椰】を残して逝ってしまう。嫌だ…いやだ…けれど、それは私たちが君に課した運命そのものだった。
漸く自分の罪深さに気付いた時には、君はもう笑わない冷たい形しか残していなかった。どうしたらいい?舞椰と2人で君を弔った後、君を見送った後、私たちは君のいない時間をどうやって埋めたらいいの?分からない、わからない…。何もかも止ってしまいそう…けれど…
泣いて私を求める舞椰を見て、ふって気付いた。
そう、私は舞椰の父親なのだと。この子は私が生涯をかけて守り育てていくべき存在なのだと…君の、大切な忘れ形見なのだと…。漸くこの肉体から解放された君を、これ以上繋ぎとめる必要なんて無いよね…。科学者なのに、輪廻転生を信じてるなんてきっとどうかしてるよ…。でもいつかきっと君にもう一度会える気がするよ。いつか、いつかきっと…。



机に向かって、ペンを握って、和紙の綺麗な便箋に文を認める。

「鞠耶、元気にしている?私と舞椰は元気にしているよ。舞椰は最近、おしゃべりをするようになったよ。鞠耶に見せてあげたいな…聞かせてあげたいよ。舞椰は可愛い声で喋るんだ。優しく笑う。君みたいに、とても可愛いんだ…。」

書き終えて、ペンを置く。この煙と一緒に鞠耶に届くと、そう感じながら手紙を燃やす。

鞠耶、鞠耶、鞠耶…。私は意外とロマンチストみたいだよ。いつになったら会えるだろうか?



今から逢いたいよ…。




【ツヅク】



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最後は、産みの親の話。
完全に彼の主観視点ですが…なんともアレなカンジが否めませんね。
こういうマッドサイエンティスト的な人が、人間らしい方向に進むのって意外と楽しいと思います(笑)
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