++ Pure3+ 蜜葉 ++

++ Pure3+ 蜜葉 ++

寿命が決まっているもの。例えば、消耗品や食品。色々あるけれど…命の長さが残り少ない『恋人』と一緒に歩むことが、こんなに辛いとは思わなかった。考え付きもしなかった…。

淀んだ目をした、人間不信のドール。果敢にも、食べ物(ゴミ箱で漁ったのだろう)を犬と取り合っていた。体中傷だらけで、頬からは血を流して。丸腰の状態で野良犬から必死に食べ物を守っていた。あまりに痛々しくて見ていられなくなって、気が付いたら野良犬を蹴飛ばしていた。

「ギャンッ!」

悲鳴を上げて逃げていく犬を見てホッとしたのか、ドールはその場にへたり込んで気絶してしまった。

「大丈夫っ?」

駆け寄ると、明らかに今付いたのではないような痣や傷が沢山顔についていた。そのドールを右側から抱き上げた瞬間、自分の体に触れた部分に違和感を感じた。腕が無い…。よく見ると、この子には右腕の肘から下が無かった。素人目に見ても、乱暴な処置の仕方だと感じるくらい酷い傷だった。
一瞬、嫌な言葉が頭を過った。

【虐待】

ドールが世に出回り始めてから、人間の子供が虐待死するということが殆ど無くなった。その裏で、罪も無いドールたちが沢山死んでいく。けれど人間ほど騒がれない…。一部のマニアの間では、ドールを虐待死させる一部始終をビデオに収めて高額で取引されている程だ。生きている状態で手足を切り刻んだり、大勢で性的乱暴をしたり…。インターネットでそんなのを見かける度に、泣きたくなった。
この子もきっとその被害にあったんだろう。きっともう、人間のことが嫌いになってしまったのかもしれない。

「もう、大丈夫だからね…」

小さく囁いて、家に連れて帰る。この子につける名前を考えながら。



まだ2月。
帰宅したばかりの部屋は、吐く息が白く見えるほど冷えていた。ただでさえ体力を消耗しているドールの体を、これ以上冷やすのは危険だと思った。すぐにありったけの毛布とタオルを用意して、冷えやすい末端までをしっかりと包むように覆った。それからすぐ、家中の暖房器具にスイッチを入れていって部屋が暖まるまで、冷え切ったドールの手足をずっとさすっていた。30分ほど経過した頃、やっと部屋が暖かくなってきた。凍るように冷たかったドールの手足も、末端からゆっくりと赤みを帯びて、人肌程の温度にまで上昇した。ふとドールの足元を見ると、泥を落とすのを忘れていてくるんでいたタオルが泥だらけになってしまっていた。しまった!そう思ってからでは遅いのだが、とりあえずお湯で湿らせた小さめのタオルで両足を丁寧に拭いてやる。はたと。あまり気付きたくないものに気付く。両足首の痣…両方とも同じ幅であることを見ると十中八九、拘束具の傷だろう…。体を拭いていくうちに、あまりに痛々しい傷跡をいくつも見つけて…正直吐きそうになった。長いロップイヤーの左側は途中で千切れているし、右腕は無い。左の手首にも拘束具の痕、それに…

「No.05…?」

左の太腿にはNo.05という刺青があった。何の番号か、考えるのもおぞましい。そんな風に一人憤慨していると、濡れ羽色の黒髪を揺らしてドールが起き上がる。

「…っ」

こんな時、何て言ったらいいのか…。

正直頭は真っ白で、凍りついた目線と自分の目線とがぶつかり合って…目を逸らす事もできなくてただただ、呆然と見つめ返すだけだった。

最初に反応したのはドールのほう。

「ぁ…っ」

握っていた左手を振り払われてしまった。それから、こっちを震えながら睨み付けてドアの方にフラフラと駆け寄った。

「…めて…っ…め、なさ…い…ぃ…」

「ごめんね、ごめんね…」

その行動にいてもたってもいられなくて、胸が痛くて、部屋を先に出て行ったのは自分だった。
ひどい吐き気を堪えながら、リビングのソファーで膝を抱えていた。震えが止まらない。想像の産物であるあの子の“痛み”がリアルに伝わってきた気がして、怖くて、情けないけど泣きそうだった。


カチャ―――


ドアの開く音がして、我に返る。小さな足音と共に千切れてしまったロップイヤーを揺らしながらドールが近づいてきた。

「…て、な…で…す、す…て、な…」

次は泣いているのか、嗚咽の混じる声で横に座った。

「ごめんね、急に逃げて。もう、逃げたりしないよ。」

触れようとして、手を止めた。怖いならやめておいた方がいいと思ったし…それに、また拒絶されるかもしれない恐怖がふと頭をよぎったから…。



あの奇妙な出会いから1ヶ月が過ぎて、僕も彼女も歩み寄りだした。そうそう、彼女の名前は“蜜葉(みつば)”とつけた。濡れ羽(葉)色の髪に、蜂蜜みたいな黄金色の目をしていたから。三つ葉のクローバーからもきてて、花言葉は

【堅実・幸福・約束・私を想ってください】

この子が幸福になれるように…そう考えてひねり出した名前だった。彼女を幸せにしてあげる、想ってあげる…そう約束する意味でも三つ葉のクローバーから取った名前。

「蜜葉。もうご飯は食べ終わったの?」

「ぅ…まだ…。しろー、たべないの?みつば、しろーさがしにきたの…」

「あ、ごめんね。ちょっと用事があったから。一緒に食べよっか?」

「うん!」

お互いが人間不信だなんて、可笑しくて。ちょっとずつ自分のテリトリーを壊しながら、お互いの領域に交わろうとする…そんなくすぐったい関係が出来上がってしまった僕ら。僕らにしかわからない2人だけのルールがあって、僕は蜜葉が欲しがる時以外はスキンシップをしないし、蜜葉も僕が一人にして欲しいときはそっとしていてくれる。ある種の仲間意識でうまくいってるのかもしれない。
蜜葉はただ、寂しくて怖いだけ。満たしてあげたい…蜜葉の心を。でも、踏み出すのが怖いんだよ?君が泣いてしまうのが怖いんだよ?…拒絶が、怖いんだ…。小さく震えながら、君は何を見ているの?僕には見えないよ。君の心の傷が見えないよ。



痛みなんてなければいい。

そうすれば、蜜葉は幸せになれるのに。

僕の勝手な想いに、君はわけも分からず頷いた。

余計に切なくなる、動悸は激しくなる一方で。


君に笑顔が戻りますように…。








【ツヅク】



*---------------------*


オムニバスの全体的なテーマというのが確か「絆」だったような気がします。
3年くらい前の作品なので意外と覚えてなかったり(爆)

けもっこはみんな幸せになればいい!

というところから始まったような…。
Copyright (c) 2012 alice* All rights reserved.
 

powered by HTML DWARF