■Siete(シエテ)■

聖母

幼い時に一度だけ、アマデウスの背中にある“紋”を見たことがある。
まるで本物の羽が生えているかのように大きな蝶の羽が顕れたそれは、人間が作り出す刺青(しせい)のように艶やかで美しいものだった。
今思えば、あれは大きすぎる力の象徴だったんだろう。
魔界の聖母と呼ばれたアマデウスの素顔を知る者は殆どいない――アマデウスの手で育てられた私さえも、その例外ではなかった。




聖母




人一倍華奢で、その子供のような背丈にはおよそ不釣り合いな大きさの角には茨の花冠――飾りではなく力の一部だという――を戴き、きらきらと光に透ける絹糸のような髪は僅かに桃色がかっていて、悪魔というよりは妖精のような風貌から“聖母”と呼ばれていた。
そんなアマデウスは日がな一日“執務室”に篭って仕事ばかりしながらも――どうやって時間を作っていたのかは未だに解らないが――私を含む3人のみなしごを育てあげた。

「…お前にもいい人がいればいいんだけれど……」
みなしごの兄二人がいなくなって、私だけが残った執務室でアマデウスは突然そんな事を言い出した。
「……………余計な世話を焼かなくてもいい。」
「末っ子のお前さえ独り立ちしてくれたら、私は幾分か心が楽になるんだけどねぇ…」
「私は、絶対に妻は娶りません。絶ッ対いりません。」
アデルもヴィアナもいなくなって、話し相手が減ったのに私まで独り立ちしたら…考えるのも嫌だった。
「優しい子だねぇ…私はひとりでいいんだ。お前はまだまだ若いんだから、きちんと先のことを考えなさい。こんな老いぼれが朽ちるのを最後まで看ることはないよ。」
「いいえ、最後まで面倒見ます。」
「ダメ。そうだ、そんなに言うならここに奥さんと一緒に住めばいいだろう?私に孫の顔も見せないつもりかい?」
「……アデルの子供がいるだろう。」
コンコン
言い合っていると、ドアを叩く音。謁見の時間にはまだ早いが…
「お入り。待っていたよ?」
「お待たせして申し訳ありません…」
アマデウスのように華奢で美しい娘が入ってきたのを見て、アスターは顔を引き攣らせデスクから立ち上がった。
「…………………私は急用…がッ!?」
逃げようとした矢先、突然体が後ろに引っ張られ転びそうになる。アマデウスの使い魔が腕を掴んでいる。
「そうはさせないよ。折角相手を見繕ってきたんだから、お見合いくらいしなさい。」
「だから!妻はいらないと!!!」
何とか振り切ってその場から逃げ出す。

ほとぼりが冷めた頃に執務室を覗くと、先程の娘の姿はなくなっていたのでホッと胸を撫で下ろした。
「私は気に入ってたんだけどねぇ、彼女。」
アマデウスの言葉が、こっそり帰ってきたアスターにグサッとささる。
「……どうせ傍に置くなら、自分の愛した女がいい。」
「私が気に入らなかったら、虐めてしまうかもしれないよ?」
「〜〜〜〜!!!!」
「冗談だよ。」
「…眩暈が………。」
「ドクターを呼ぼうか?」
「いりません。」
もう寝ます!
やはりアマデウスのペースに巻き込まれると良いことはひとつもなかった。

「…孫、ねぇ。」
血も繋がってないみなしごを3人も抱えて、荒みきった魔界をひとりでコツコツ立て直して、アマデウスは一体いつ休んでるんだろうか。
自分に宛がわれた部屋でぼんやりと考え、ふと気になって執務室まで様子を見に行く。
「…おや。まだ寝てなかったのかい?子供は寝る時間だよ?」
「もう子供じゃない。アマデウスもそろそろ休まなくていいのか?」
「……もう少ししたら休…」
「いい加減にしろ。貴方が倒れたら私は…」
「大丈夫。私は倒れない…」
ふぅ、と溜息をついてデスクから立ち上がりアスターのところまで歩いてくる。
「そうだね、例えばの話…神とやらに槍で体を刺し貫かれて焼き殺されたなら消滅してしまうかもしれないけど、たった数千年休まなかったくらいでは少しも辛くないんだ。」
私はそういう存在だから。
「例えそうだとしても、何もかもひとりで抱え込むな…私はそんなに役に立たないのか?」
「違うよ。お前たちが可愛くて可愛くて仕方がないから、私に縛られることなく自由に生きて欲しいんだ。」
「………」
「アスター。私は大丈夫だから…」
「…そんなに出て行かせたいなら、すぐにでも。」
「たまには帰っておいで?」
「どうでしょうね。」
パタン
「ふふ…可愛い子だ。」


思わず出てきてしまったが…
「さて、どうしたものか。」
いきなり途方に暮れる。



END


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ここから息子は大恋愛()に走ります。ハイ。
おかん安心します(´ω`)
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