■Siete(シエテ)■
睦言
夫婦の閨に設えられた大きな寝台…その天蓋から釣り下げられた薄いチュールカーテンの内側、クスクス笑う声に合わせて仄かな明りに照らされて二人の影が揺れ動いた。
じゃれあうのを止めたのか、衣擦れの音も影の動きと共にぱたりと静かになった。
「…濔崋、」
「なんじゃ?」
名を呼ばれると、褐色の指先がヤィデルの白い肌に生々しく残るケロイドをすっと撫で、彼から供された左腕に頬をすり寄せてうっとりとした声で応える。
「…腕が痛い…」
「妾が腕枕してやろうか?」
期待とは裏腹に色気のない答えが返ってくるものだから、濔崋は少し面白くなさげな顔をして代わりに腕枕を提供しようかと打診する。
「断る。」
しかし、少し眠そうな顔で素っ気無く突っぱねられると、いつもなら笑って返していただろう濔崋もさすがにムッとした表情で彼を睨む。
その視線に気付いたヤィデルが彼女の方を向くと、ふいっと視線を逸らし彼に背を向けてシーツに潜り込んでしまった。
「珍しいな。」
「…何じゃ?」
「そういう顔も、悪くない。」
ごそごそとシーツの端から顔を覗かせて恨めしそうな視線を送る彼女を見ると、それが面白かったとでも言うようにヤィデルは堪えるようにくつくつと笑う。
こうなると濔崋の表情はどんどん曇っていく。
「そなたはいつもそうじゃな。そうやって一歩引いて…」
「!?」
「せめて睦言くらい、甘い言葉をくれてもよかろうっ?」
――バサッ
それまで潜っていたシーツを跳ね除けて半身を起こしヤィデルに詰寄ると、鼻先が触れるかどうかの位置で止まってまくし立てた。
その勢いに圧倒され目を丸くしていたヤィデルは、また可笑しそうに笑って
「…言葉だけで満足するのか?満たされたければ、いつものように行動を起こせばいい。そうでなくては、濔崋らしくない。らしくないお前には魅力の欠片もない…」
そう返し、濔崋の唇に噛み付くように口づけた。
「…ん、は……満たされるかどうかではないっ!ただ、好いた男に愛されたいと思うておるだけじゃ!」
なおも食いついてくる濔崋の体を寝台に軽く押し付け、褐色の指に自分の指を絡めながら嫣然とした微笑で言う。
「ならば私は満たされたい。そのように可愛らしく振舞うお前を抱き寄せて…獣のようにまぐわうか…それとも、ただ手を絡めて眠るか。」
「……ただ一言が欲しいだけじゃ。」
ここまでされると先ほどのような威勢はもう無く、うっとりと蕩けた瞳で――少し悔しいのだろう涙を浮かべて――欲しいものを口にした。
何だ、そんなものか。
わざわざ欲しがらずとも伝わっているとばかり思っていた「言葉」が欲しいのだと知って、ヤィデルは呆れたような溜息をついた。
しかしすぐにまた目を細めて微笑んで体を起こし、組み敷いた濔崋の半身を起こして抱き寄せた。
「この腕に、胸に抱けるのはお前しかいないというのに。この上なくお前が愛しい…死んでも死にきれない程に。」
「解っておる。」
予想通りの強がる言葉。
やはり濔崋は、解っていて言わせたいのだ。言わせて、確かめたいだけ。
「…ならば指でも絡めて眠るか?」
そう。腕は少し辛いからいつも通りそうして寝ればいいのではないかという意味と、少しでも繋がっていたいという意味を込めて。
「あまり夜更かしすると、また熱が出るじゃろう。」
それに対して明確な答えは返ってこなかったが、代わりに濔崋の指が彼の指を絡め取ってぎゅっと握ってきたので、それを返事として受け取り肩を寄せ合ってシーツに潜り込んだ。
「お互い、素直にはなれんな。」
可笑しくなってそう呟くが、濔崋からの反応は無かった。
――ヤィデルの手の温もりと程よい疲労を感じながら目を閉じる。この時間が永遠に続けばいいのに、と願いながら。
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