++ Pure0+ 雫 ++

++ Pure0+ 雫 ++

限りなく純度の高い心を持つのは、幼い動物くらいだろう。知恵も何もなく、ただ誰かの力無しには生きていけない無垢な存在。


――ドール【愛玩種】
亜人間。人間に近い姿形をした愛玩用ペット。


人間は愚かしい。なぜこのような、恐ろしい罪を平気で犯すのだろうか。ヒトの営みから外れた異端な存在を、徒に作り出し続ける。犠牲になり、傷つく心があることも知らずに。

――カシャン。

鍵の外れる音。

「零…こっちへおいで…。」

左太股。【P―00】と刻印されている、体の小さなドールが出てくる。一糸纏わない細く白い体。銀色の長い髪は、腰を通って幼い双丘を被い隠さんとしていた。

「…今までご苦労だったね。今日から君は自由だよ。」

ふわりと。自分に触れる柔らかい布が、心地よく感じた。実験用の白衣とはちがう、少し作りのいいシャツ。

「…零はどこで生きたい?」

聞いても分からないことぐらい知っていた。無反応の零を車に乗せる。知らない街へ放してやるために…。



急な通り雨。心配しながら、そっと零の後を追った。とぼとぼと。知らない道を歩いていく。途方に暮れているわけではない様子に、ほんの少し安堵した。

「……ん?」

電信柱が気になるのか、道端の柱にしがみついたりしている。細くて小さな腕をまわして、どこか安心した表情でその場にへたり込んでしまう。幸い、車は入れないような路地だったので、寝かせておいても大丈夫だろうと踏む。

「零。幸せを掴めるといいね…」

零の動きを見届けて…不安は残るけれど、これ以上見てあげることはできなくて…。




今日は変な日だ。ついてなかったりついてたり…。まず、朝遅刻したのは迷子のドールを駅員さんに引き渡してたからだし、遅刻で怒られなかったのは部長の機嫌が良かったからだし…。でも、いきなり雨が降ってきたのは、やっぱりツいてないかな?結局いつもと変わらないのかな?
そんなことを思いながら、雨に濡れないように走っていく青年。見るからに頼りなさそうなスーツ姿のサラリーマン。

「さて着いた…ん?」

アパートの前。何の変哲もない電信柱の根本には、小さなドールがしがみついて寝ていた。

「大丈夫?」

思わず声をかけていた。惹かれた…僕は一瞬にして、虜になってしまっていたのだ…。

「…?…」

目を醒まして、僕を見上げるオッドアイ。腕は電信柱にまわしたまま…僕を不思議そうに見つめるふたつの瞳。

「と…とにかく、寒いでしょ?こっちにおいで?」

こくん。疑うことなくついてくるドール。綺麗な髪…淡く青みがかったプラチナブロンドの髪。右目はダークグリーンで、左目はクリスタルブルー…髪に近い色…かな。

「…そうだ、名前!」

「…?」

滴る雫が、蛍光灯に照らされてキラキラ光る。

「あ!しずく…雫なんてどう?」

小首を傾げる。小動物のような愛らしい行動に、胸の奥がジンと疼く。今まで感じたこと無いほどの、甘美な疼き。

『…ん…リン…』

鈴の様な音…不思議な音だった。良く見ると、翼の形をした小さなチョーカーが、雫の頭の動きに合わせて揺れる音だった。ベルベットの赤いリボンに通された、金色の飾りがとても綺麗で…。

「お風呂入るから、どけようね?」

首は縦に揺れる。蝶々結びにされたリボンを、そっと解く。くすぐったそうに、身を捩る雫。

「暴れないで…髪が絡まっちゃうからっ」

長い髪が揺れる。服…と呼ぶには、少し頼りないシャツを脱がせる。

「え…?男の子…?」

見れば小さな証がついている。まだ、赤ちゃんのそれのように…自分の小指ほどしかない幼い機関。

「そっか…それなら、髪切ってあげるね!」

戸棚に仕舞ってあった、愛用の散髪バサミ。綺麗なプラチナブロンドに刃を入れるのは、正直勿体無い気もしたけど…。



そんなこんなで、気がつけば夜の九時をまわっていた。定時には会社を出たはずなのに…。雫はといえば、膝の上で寝息をたてて眠っている。ご飯はお気に召さなかったようで、ミルクをほ乳瓶に入れて飲ませてあげると凄い勢いで飲んでくれた。この位なら、そろそろ離乳食を始めても良い頃だと思うんだけど…。

「雫…お腹いっぱいになった?」

「ん…にゅ…ぅ…ふ、みゃぅ…」

寝言言ってる。子猫みたいに、お腹がポコポコになるまでミルク飲んだからね…。

「楽しい夢だといいね…。僕も見たいな…楽しい夢。」

雫の髪を手で梳きながら時計をみると、自分も床に入らないとマズい時間になっていた。雫を抱き上げて、ベッドに入る。少し高めの体温が、心地良く感じた。

「おやすみ…雫。」

腕にすっぽり収まった可愛いドールを抱き締めて眠る。幼い時以来の、体温を感じて…。





【ツヅク】



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不幸な子を書くのが好きです(爆)
コレは結構続く話だったり。実は続きもの。
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