■Siete(シエテ)■

たからもの

お節介だし、意地悪だし、でもずっと好きでいてくれるし、オレも嫌いじゃないから逆らえないし。
そういう存在を“母親”っていうんだと思った。






たからもの







アマデウスが周りからどんなふうに見えて、どんなふうに扱われる存在か知ったのは最近――特にひとりであちこちを旅するようになってから――だった。

周りが言うには、アマデウスはひとりで魔界を立て直そうとする健気な聖母で、戦争を終わらせる為に魔界に閉じ込められてる可哀相な少女、悲劇のヒロインみたいなイメージを持たれているらしい。
それはそれでしょうがないんだろうなーと思ったけど、ひとつ納得できないのは“可哀相”って思われてるところ。
そんな話をしてくれた客の一人と喧嘩をして、虫の居所が悪くなってのこのこ魔界に帰ってきてしまった。

不貞腐れた様子のヴィアナは柔らかな寝台に横たわり、アマデウスの膝に頭を乗せて大人しく青い髪を撫でられている。
不機嫌そうに歪んだ唇の端は切れて内出血を起こし、その周りのごく狭い範囲に赤黒いアザを作っていた。アマデウスはそのアザに触れ、帰ってきた理由と顛末を話したヴィアナに

「……それで、お前はわざわざ喧嘩を吹っかけたのかい?」

などと、まるで花の香りを孕んで肌に触れるそよ風のように甘やかで優しい声でそう聞くと、しょうがない子だねと言わんばかりに微笑んで答えを待っているようだった。

「だって……アマデウスは、可哀相じゃない。オレが幸せにする……」

ずっとずっと小さい頃からそう思っていたし、オレ達が一緒にいるだけで幸せだとも言っていたからアマデウスの事を可哀想だなんて言われるのが許せなかった。

そんな自分を否定されてしまったような悲しみと苛立ちに曇った瞳が、不器用な言葉以上にその気持ちを訴える。

「ふふふ。お前は、私には優しいね……少しでいいから、その優しさを他に向けてご覧?そうすれば、お前を愛してくれる相手がもっともっと増えるよ。」

それを宥めるように可愛い我が子の頭を優しく撫でながら、アマデウスは微笑みを絶やさず嬉しそうにそう言うと、不器用にしか振舞えないヴィアナの背中をほんのすこしだけ押してやる。

「そんなのいらない。」

「そうかい?お前は誰からも愛される声と才能を持って生まれた。それはお前を必ず幸せにしてくれる筈だよ。それに……」

そこで一度区切ると、ヴィアナの長い髪を掻き上げてその額に唇を落とし

「お前の幸せが、私の幸せだよ……ヴィアナ。」

「……アマデウスは、ずるい。ずるくて意地悪でイヤだけど、嫌いじゃない。」

素直じゃないのは自分が一番よく分かってた。嫌いじゃないどころか、アマデウスは大好きな母親だ。

金色の双眸がじっと一点を見つめる。
アマデウスの奥にある、ヴィアナにしか見えない宝石――混じり気のない薄ピンクのキラキラきれいな、アマデウスの魂そのもののような――が、まるでヴィアナの心を見透かして心底安堵したように穏やかな光を湛えて揺れた。
それを確認して、ヴィアナは安心したようにゆっくり目を閉じる。

「ふふ。ありがとう。さあ、お眠りヴィアナ……ゆっくり休んで傷が癒えたら、広い外の世界を見ておいで。そしてまた、私の知らない外の話を沢山聞かせておくれ?」

「ん……おやすみ。」

目を閉じてからも暫く撫でてくれる手の温もりとなんとも言えない甘い香り、それに自分とアマデウスの規則的な呼吸だけが聞こえるとっぷりとした暗闇に、ささくれ立っていた心はいつの間にか凪の様な平穏を取り戻していた。

そのまま心地好い眠気に身を任せ、オレは意識を手放した。




オレの幸せがアマデウスの幸せ、か。
そんなアマデウスに幸せであることを願われて、自分を大事にできない程馬鹿じゃない。

まだ誰も起きてこない内に旅支度を整え、次こそは上手く立ち回ると心に誓って城から一歩を踏み出した。




end



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ヴィアナから見たセシリア。
いっつもからかわれて可哀想な立場だけど、まあ愛が溢れてるってことで(笑)
オペラちゃんに出会う少し前のイメージだったりします。
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